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2003年5月7日 毎日新聞のかたが、スヌーピーの絵を届けてくださる。
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12月にさせていただいた、小児癌征圧コンサートのときの、 スヌーピーの絵を届けていただいた。
このスヌーピーの絵は、シュルツさん(スヌーピーの産みの親) 亡き後、唯一認められているスヌーピー画家、
エバーハートさんの絵。 エバーハートさんも、癌をわずらった経験のあるかた。 今は、良い状態だそうだ。
今日は、とてもショックなニュースをきいた。
12月のコンサートのとき、花束贈呈してくれた、なみさんという、 高校生の女の子が、4月末になくなったとのこと。
あの時は、とても元気で、私は、彼女は、きっと元気にこれから、 生きていけると、大丈夫なのだと、
勝手に思い込んでいたのです。 この病気が恐ろしい事は、十分わかっているはずだったのに、
あらためて、ショックだった。 悲しい。
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2003年5月8日 日本フィルリハ
その後、事務所打ち合わせ、そして、諸井先生打ち合わせ
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日本フィルとは、グリーグ。 指揮者の下野さんとは2度目。
実は、以前他のオケで下野さんとご一緒したとき、 恐ろしい事に、連絡のミスから、協奏曲の曲目が、
オーケストラ側と、こちら事務所側と、違って認識していた事件があった。これは、。本当におそろしいことなのだけれど、
なんとか、乗り切った経験がある。 そして、今度は、ちゃんと、グリーグだったから、良かった。
その後、事務所のひとたちと、来年の協奏曲レコーディングについての打ち合わせ。
その後、諸井先生と、来月のベートーヴェンコンサートの勉強会。今回も、みっちり状態は同じだけれど、
実は、私があまり好きではない11番のソナタは、ソーセージだということになり、
(これは、全く、風が吹けば桶屋が儲かる的に、わけがわからないかもしれませんが)
そうなんだと思ったら、この曲も悪くないなと思えるようになったのだから、私って単純。
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2003年5月9日 ゴメン!遊ばせクラシックのプログラムノートのための、打ち合わせ
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音楽学校コンサートをご覧いただいたかたは、ご存知と思いますが、
このコンサートのプログラムは、深くて、厚い、、熱い??のです。
だから、打ち合わせも大変、書いてくださるかたも大変。 だから、読み応えのあるものが出来るのですよ。
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2003年5月11日 日本フィル母の日コンサート
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今日のコンサートでは、協奏曲だけではなく、 コンサートマスターの木野君と、
ドヴォルザークの ”母の教えたまいし歌”を弾き、 シューマンのトロイメライも弾く。
木野君、と君ずけするのは、なんと、高校の同級生だから。
彼は、高校2年までは、ピノキオのように、細かったのに、高校2年の夏休みがすぎたら、プーさんのようになっていたのですね。
そして、今も、とても貫禄のある、プーさんみたい。
学生のころ、室内楽のクラスで、一緒に弘中孝さんのレッスンをうけたりしたことを思い出して、懐かしかった。
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2003年5月12日 学生気分をあじわう
夜は、ゴメン遊ばせのためのうちあわせ
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とある、大学にて、ベートーヴェンの講義を聴きにいく。 なんだか、学生に戻った気分。
とても、興味深い講義で、大満足。 発見もあり!!
夜には、”ゴメン!遊ばせ”を応援してくださっている企業のかたと、広告などについての打ち合わせ。
今年のゴメン遊ばせは、例年以上に、たくさんのかたのご協力をいただいているのだ。
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2003年5月13日 事務所にて、”ゴメン!遊ばせクラシック”の打ち合わせ
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今年の公演、来年の公演を成功させるために、たくさんのことを打ち合わせる。
今年は、こうやって、制作から何から、全てかかわっているので、勉強することがたくさん。
まるで、ビジネスウーマンなのだが、この、7年つづいてきた音楽学校改め、ゴメン遊ばせクラシックを、
なんとか、続けていきたいとの思いから、とにかく、やるしかない!!と、力を入れる!
それにしても、今月は、原稿もなんだか、たくさん、取材もたくさん、ばたばた結局いそがしい。
遅れている、原稿チェック、原稿、みなさまごめんなさい。
明日は、一日、名古屋で、取材日。
祐子さんとのコンサートのためだが、突然祐子さんは、髪を切り、とてもカジュアル、スポーティーな服を着るとの宣言。
カジュアル、スポーティーとは、ほど遠い私の服たち。 まったく、どうしようと、困る姉でした。
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2003年5月14日 名古屋にて取材日
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今日は、丸一日取材日。よく頑張りました。中部財界という雑誌から始まり、
朝日、読売、中日などの新聞取材。
そして、東海テレビの朝の番組のための収録。東海ラジオの番組のための収録。
テレビでは、アナウンサーさんとのドラマ仕立てのからみもあり(ほんのほんのちょっぴりですが)、面白い経験をしました。
細かく、カットごとに撮影するのですね、ドラマって!!ここでも会えるで、チェックしてくださいね。
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2003年5月16日 原稿原稿
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たまりにたまった原稿たち。 どうして、いつもたまってしまうのでしょう!
本当は、昨日新幹線の中で書こうと思っていたのに、寝てしまった私。そういう私が原稿をためてしまうのね。
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2003年5月17日 今日も、取材日。
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朝は、高島屋さんの雑誌のための取材。リヤドロのお人形について。私は、リヤドロのお人形は、本当に大好き。
母が好きだったせいもあって、あの色合い、やわらかい線、表情、お花などの精巧さ、などに、惹かれてしまう。
その後、TVK(横浜)にて、佐藤しのぶさんの”出会いのハーモニー”という番組出演。
佐藤さんは、もちろん華やかな素敵な方だけれども、とても気さくなざっくばらんな方ですよ。
その後、今度は、湯島のほうで、前田建設の雑誌の取材。
前田建設は、今度、ゴメン!遊ばせクラシックをさせていただく北九州芸術劇場を建設した会社。
というか、ただ今現在建設中。北九州芸術劇場は、複合施設で、規模も大きく、小倉の新しい顔だ。
9月の公演の前に、6月に下見にいくので、楽しみ。
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2003年5月19日 祐子さんとのリハ
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うちの後藤ユニット(スピーカーシステムです)の調子が悪いので、調整にきていただく。
先日、スピーカーを治したと思ったら、また、変な使い方をしてしまったので、壊れていた。ので、また、直しに出した。
早く、本調子になってほしいものだ。その後、祐子さんとのリハ。これはいつものとおり。
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2003年5月20日 取材
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今日も取材。ブラーヴォという雑誌。妹さんと一緒。一緒の時は、服の調整に本当に困る。
大体において、彼女と私って普段着るものの傾向がちがうのだ。
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2003年5月23日 BMG打ち合わせ
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6月のソナタ録音、そして、12月の発売、今後の予定などについて。
昨日、娘の遠足で、筋肉痛の足をひきずりながら、渋谷のBMGへ。
本当に大きなプロジェクトだと、我ながら、感動している。
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2003年5月25日 銀座ヤマハホールにてデュオコンサート
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銀座ヤマハホールといえば、学生コンクールの東日本大会の場。
小学校5年生の時の鮮烈な思い出がある。あの時は、随分大きなホールと思ったら、今日いったら、
舞台もこじんまりとした、雰囲気の良い空間。時間の流れを感じました。
あの、ホールに思い出のある演奏家が、きっと今活躍していらっしゃる方たちは殆どだと思う。
もう、50年なのだそうだ。
これからも、銀座の一等地で、素敵な音楽、文化を発信していってほしいものだ。今日は、感慨深い一日。
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2003年5月26日 ベートーヴェン悲愴ソナタと選帝侯ソナタ
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今日は、発見の日。悲愴ソナタのもとが、選帝侯ソナタにあったとは!
詳しくは、いつか、悲愴ソナタのCDで聞いてください。
今は、ベートーヴェン録音、ゴメン!遊ばせクラシック制作もろもろ毎日本当にばたばたしている。
大人になるって、こういうことなのだと思う毎日。(ようやく大人かな?)
そして、夜には、モーストリークラシックの田中編集長と、日本大学の石井広報部長さんとお目にかかる。
日本大学は、あのカザルスホールを今後、有意義に活用するため心砕いていらっしゃるのだ。
カザルスホールの音響や、空間は本当に素晴らしいので、是非に、たくさんのかたに愛されるカザルスホールを復活、再生していただきたいものだ。
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